事業領域の再定義とコア・コンピタンス
コースマップ
はじめに
本コースでは、富山市に本社を置くエヌアイシ・オートテック株式会社の約100年の歩みを、経営戦略を学ぶための事例として読み解きます。
この企業の事業は、1927年に鑢(やすり)の製造・加工から始まりました。その後、工具・消耗品の商社、搬送装置や自動機の設計製作、装置の骨組みとなるアルミフレームの開発と販売、そして設計・組立の知識を提供するサービスへと、提供の形を変えてきました。現在は、工場の自動化を担うFA部門と、工業用の砥石や工具を扱う商事部門の二つで事業を営んでいます。
事業の中身が大きく変わる中で、企業は何を手がかりに次の一手を選んできたのか。その過程を、公表された事実と経営学の考え方を使って分析し、自らの組織にも使える知見として整理します。
事業の定義は、どのように変化するか
第1章では、事例の全体像を確認したうえで、本コースで使う分析の考え方を整理します。事業の定義、強みとその組み替え、企業の成長、そして戦略をストーリーとして捉える考え方です。最後に、事例を読むときの注意点を確認します。
01事例の全体像
1927年、富山市に西川鑢製作所が設立されました。事業は鑢の製造及び加工です。鑢とは、表面に刻んだ目で金属などを削り、形を整える工具です。2026年3月期には、FA部門が約50億円、商事部門が約13億円の売上高を上げています。FAとはファクトリー・オートメーションの略で、工場の生産工程を機械で自動化することを指します。
現在の会社は、二つの系譜(会社の流れ)が一つになったものです。系譜Aは、西川鑢製作所が1960年にクレト商会、1970年に株式会社クレトとなり、砥石や機械工具を扱う商社へ進んだ流れです。系譜Bは、1971年に設立された現在の会社が、搬送装置や自動機の設計製作へ進み、1985年にエヌアイシ・オートテックとなった流れです。2002年に、エヌアイシ・オートテックがクレトを吸収合併し、二つの系譜は一つになりました。
1986年には、富山軽金属工業との共同開発でアルミフレームを開発し、1988年に商品化しました。その後、クリーンルーム、洗浄装置、設計・組立を支援するサービスへと事業が広がり、2024年3月期にはアルファフレーム部門と装置部門が統合されて、現在のFA部門となりました。
02事業の定義:誰に、何を、どのように提供するか
事業の定義とは、企業が、誰に、何を、どのような方法で提供するかを示す考え方です。事業を製品で定義すると、顧客の必要の変化を見落としやすくなります。よく知られた例に、自らを「鉄道事業」と定義した鉄道会社が、人や物を運ぶという顧客の必要を捉え損ねた、という議論があります。「輸送事業」と定義していれば、競合の範囲も、事業を広げる方向も違って見えたはずです。
03強みと、その組み替え
コア・コンピタンスとは、多様な技術や技能を束ねる、組織の中核的な能力です。顧客の価値に貢献すること、競合が模倣しにくいこと、多様な市場に展開できることの三つで判断します。
ダイナミック・ケイパビリティとは、環境の変化に合わせて、組織の内外の資源や能力を統合し、構築し、組み替える能力です。前者が「何が強みか」を問うのに対し、後者は「その強みをどう組み替えるか」を問います。強みが固まりすぎて変化の妨げになる状態は、コア・リジディティ(中核の硬直)と呼ばれます。
04企業は、蓄えた資源を活かす方向に成長する
企業は、設備・技術・人材・顧客との関係といった、生産のための資源の集まりと捉えられます。事業を進めると資源や知識が蓄えられ、まだ使い切っていない能力が生まれます。企業はその能力を活かす方向に成長するため、どの方向に進めるかは、それまでに何を蓄えてきたかで決まります。本コースでは、各段階で蓄えた資源が、次の段階の打ち手の前提になった過程を追います。
05戦略を一つのストーリーとして捉える
優れた戦略は、個々の打ち手の寄せ集めではなく、打ち手どうしが因果でつながった一つの筋として捉えられます。コンセプトは誰にどのような価値を提供するか、構成要素は他社との違いをつくる個々の打ち手、一貫性は打ち手どうしの因果のつながりです。
クリティカル・コアとは、単独で見ると非合理に見えるのに、全体の中では合理的になる打ち手です。他の打ち手と多くつながって全体を支え、合理的に判断する競合ほど真似をしません。本コースでは、この企業のコンセプトを「製造現場が、装置を早く、柔軟につくり、変えられるようにする」と置き、各章で構成要素とつながりを一つずつ加えていきます。この設定は、会社のミッション「製造業の品質向上と合理化に貢献」と、製品の特徴から導いたものです。
06事例を読むときの注意
結果を知った後では、その結果が最初から予測できたように見えやすくなります(後知恵バイアス)。また、戦略は事前の計画だけでなく、日々の判断の積み重ねからも形づくられます(創発戦略)。本コースで「再定義」と呼ぶのは、観察された変化を後から整理した見方です。出来事は記録として示し、その意味は事実と論理によって説明していきます。
製造から商社機能への転換をどう読むか
第2章では、1927年から1985年までの二つの系譜を取り上げます。鑢の製造から工具・消耗品の商社へ進んだ系譜Aと、搬送装置や自動機の設計製作へ進んだ系譜Bです。
01系譜A:鑢の製造から、工具・消耗品の商社へ
1927年4月、西川鑢製作所が富山市に設立されました。事業目的は鑢の製造及び加工です。鑢は使うと目が摩耗するため、目を切り直す「目立て」という作業が行われます。会社概要には、創業当時の「ヤスリ目立て機」の写真が掲載されています。
1960年3月、西川鑢製作所はクレト商会に商号(会社の名前)を変更しました。会社の沿革図は、事業の流れを、鑢工場、砥石商社、機械工具商社の順に示しています。1970年10月には株式会社へ組織を変更し、株式会社クレトとなりました。取扱いは、工業用砥石・切削工具・油脂から、工作機械とその周辺装置を合わせたプラントの受注へと広がりました。
02系譜B:現在の会社の出発点
現在の会社は、1971年5月にキュノ・トヤマセールス株式会社として、西川鑢製作所やクレトとは別の法人として設立されました。1982年に西川精機株式会社、1985年にエヌアイシ・オートテック株式会社へと商号を変えています。1983年には、搬送装置と周辺機器の研究開発を目的に流杉工場を新設し、1984年には金属金型の製作加工を行うセイデン工業を設立しました。
会社の沿革図は、西川精機の事業を、加工ラインの工程間で物を運ぶマテハン(マテリアル・ハンドリング)が中心で、各種の自動機・専用機の設計製作を行い、自動車部品、家電、電子、薬品など多種の分野へ納入したものと示しています。
2002年4月、エヌアイシ・オートテックを存続会社として株式会社クレトを吸収合併し、クレトの事業は現在の商事部門に引き継がれました。二つの系譜は、ともに製造業を顧客としていました。
03分析の視点
第一に、事業の三つの次元です。事業は、顧客層(誰に)、顧客機能(何のために)、技術(どのように)で定義できます。たとえば学習塾が集団授業を個別のオンライン指導に変えても、中学生に受験の学力をつけるという顧客層と顧客機能が同じなら、変わったのは技術の次元だけです。
第二に、価値の流れの中の位置です。業界には、素材・部品の供給、製造、流通、顧客という価値の流れがあります。製造の位置では加工の技術と設備が、流通の位置では品揃えの幅や顧客との取引関係が、競争の資源になります。
第三に、吸収能力です。外部の新しい知識の価値を見極め、取り込み、活用する組織の能力のことで、関連する知識をどれだけ蓄えているかで決まります。自ら手を動かして使う経験が、その土台になります。
04分析:二つの系譜は、何を蓄えたか
鑢・砥石・切削工具は、いずれも加工現場で材料を削り、形を整えるための工具・消耗品です。したがって1960年の転換では、顧客機能は変わらず、技術の次元、つまり提供の方法が、製造から流通へ移りました。流通の位置では、品揃えの幅と顧客との取引関係が競争の資源になります。取扱品目の拡大は、この位置で資源を蓄えた過程でした。なお、転換の理由は公表されていません。
一方、装置を設計製作する組織は、装置の骨組みに何が求められるかを、使う側の知識として持ちます。系譜Bが蓄えたこの知識が吸収能力となり、1986年に素材企業の技術を取り込んで部材を開発する前提になりました。
アルミフレームの開発と商品化の意義
第3章では、1986年のアルミフレームの開発と1988年の商品化を取り上げます。自社の装置のために開発した部材が、独立した製品として他社にも販売されるようになった過程です。
01開発の出発点
1985年にエヌアイシ・オートテックと改称した会社は、搬送装置や自動機・専用機の設計製作を行う装置メーカーでした。装置には、機械を支える骨組みとなる構造部材が必要です。会社は、アルミフレームの開発の背景を、自社の装置製作を効率化するためと説明しています。製品の特徴としては、スチール製の構造材に比べて軽く強いこと、溶接が不要なこと、新たなメッキ・塗装が不要なことが挙げられています。
02開発から商品化へ
1986年4月、富山軽金属工業(現・三協立山)との共同開発により、産業用アルミフレーム「アルファフレーム」を開発しました。1988年5月には、アルミニウム合金製構造部材「ALFA FRAME SYSTEM(アルファフレームシステム)」を商品化し、製造と販売を始めています。会社は、これを国産初の自社ブランドの構造システムと位置づけています。
アルファフレームは、ボルトのみで組み立てられ、表面処理済みでメッキ・塗装が不要で、設計の変更や増設にフレームの組み合わせで対応できるとされています。フレームどうしを結合するブラケット、ボルト、ナット、高さを調整する脚金具などの補助部品を含めたシステムとして提供され、現在は2,200種類を超えます。
03生産と販売の体制
商品化の後、1992年3月に流杉工場の増築と自動切断機の導入で生産体制を増強しました。販売拠点は、1996年の西日本テクニカルセンター(現・アルファフレーム関西)に始まり、2010年に九州、2012年に東海、2017年に北関東へと広がり、2012年にはインターネット販売サイトも開設しました。2007年3月期のアルファフレームの販売額のうち、約88%が代理店を通じた販売でした。
04分析の視点
第一に、使う側からの革新です。製品への必要に関する情報は使う側にとどまりやすく、他者に正確に伝えるには費用がかかります。そのため、製品の改良や新しい製品の着想は、しばしば使う側から生まれます。
第二に、モジュール化です。製品を独立した部分に分け、部分どうしのつなぎ方を標準化すると、組み合わせの自由度が高まります。溶接で一体につくる鋼構造は変更に切断や溶接が必要ですが、標準部材をボルトで接続する構造は、組み合わせを変えるだけで変更や増設に対応できます。
第三に、イノベーションからの利益の獲得です。技術を特許などで守りにくく模倣が容易な場合、利益は、製造・販売・顧客との接点といった補完資産を持つ企業に流れやすくなります。
05分析:使う側が開発し、補完資産で価値を守った
装置の骨組みに何が求められるかという情報は、装置をつくる側にありました。装置メーカーが開発を主導し、素材企業との共同開発で押出の技術と使う側の知識を組み合わせたのは、この情報の偏りから見て合理的な選択です。アルミ押出形材そのものは既存の技術であり、新しさは、それをFA装置向けの構造システムとして標準化した点にあります。
一方、既存の技術は模倣されやすく、技術そのものでは利益を守れません。会社は商品化の後、生産体制、拠点、代理店網、品揃えを自ら整えました。これらの補完資産が、模倣されやすい技術の価値を自社に残す仕組みとなりました。
隣接領域への事業拡張の意義
第4章では、アルミフレームの商品化の後に進んだ、装置、クリーン装置、洗浄装置への拡張を取り上げます。
01拡張の全体像
起点は、1988年に商品化した構造部材のアルファフレームです。会社の事業の説明では、その後の事業は、洗浄装置、検査装置、搬送・梱包装置、クリーン装置、アルミ構造物(機械の構造体・安全カバー)に整理されています。2006〜2008年の株主総会資料は、事業環境として、自動車関連の設備投資が高水準であること、FPD(液晶などの薄型ディスプレイ)業界の旺盛な設備投資、先端技術の微細化に伴うクリーン関連製品での鉄からアルミへの代替、人材不足による自動化・省力化を挙げています。
洗浄装置は部品の製造工程で切削の削りかすなどを除去し、検査装置は寸法・重量・形状・機能を検査します。搬送・梱包装置は材料の供給や機械間の搬送を担い、クリーン装置は電子・精密部品の製造工程で局所をクリーン化します。これらの装置には、アルファフレームが基本部材として使われています。
02クリーン事業と洗浄装置
クリーン事業は、1996年12月にセイコー電子工業との共同出資で設立したエヌアイシ・セイコー株式会社で始まりました。複数の企業が出資して設立する会社を合弁会社といいます。1997年12月にはドイツのマイスナー・ヴゥルスト社の出資を受けて商号を変更し、2001年3月に同社を解散して、事業を当社に移管しました。会社の沿革図が示す「1997年 クリーン環境事業開始」は、合弁会社での開始を指します。
洗浄装置は、2003年12月に小物部品専用の洗浄機の開発・標準規格化を行い、ボックス式カップ型洗浄装置を特許出願しました。2013年にはシリーズ化しています。会社は、回転式ノズルで部品を1個ずつ洗うためコンパクトで、透明な樹脂のカップで密封するため静かであり、乾燥も省エネルギーで行えると説明しています。
03分析の視点
第一に、成長の方向です。成長の方向は、既存の製品を既存の市場で伸ばす市場浸透、新しい製品を既存の市場に出す製品開発、既存の製品を新しい市場に出す市場開発、新しい製品を新しい市場に出す多角化に整理できます。既存の事業と技術や市場で関連のある領域に広げる関連多角化は、成果が高い傾向にあることが実証研究で示されています。
第二に、製品プラットフォームです。複数の製品に共通する部品や構造の集まりのことで、自動車メーカーが車台を複数の車種で共用するのが典型例です。共通の基盤を使い回すと、新製品ごとの開発の負担と期間を抑えられ、同じ資源を複数の製品で共用することで範囲の経済が生まれます。
第三に、能力の獲得方法です。必要な能力は、自社開発・提携・買収のいずれかで獲得されます。どれを選ぶかは、必要な能力が既存の資源とどれだけ近いか、獲得にかけられる時間と費用によって変わります。
04分析:共通基盤の上に装置群を築いた
骨組みを共通の部材でつくるため、装置の種類を増やしても、骨組みを個別に設計・製作し直す必要がありません。アルファフレームは、装置群の製品プラットフォームとして機能しました。同時に、装置の受注は部材の需要を生み、自社の装置での使用経験は部材の改良に返ります。
能力の獲得では、既存の部材と要素技術に近い洗浄装置は自社で開発し、遠い能力であったクリーン事業は合弁会社という提携で得て、事業が立ち上がった後に自社へ取り込みました。拡張は、製造業という顧客と、アルファフレームという共通基盤の両方を保ったまま、製品開発と市場開発を組み合わせて進んだ関連多角化でした。新しい製品を新しい市場に出す多角化は行っていません。
複数の事業を統合する意義
第5章では、2002年のクレトの吸収合併と、2006年の上場によって生まれた、素材・装置・商社という三つの事業の体制を取り上げます。
01統合の経緯と三つの事業
2002年4月、エヌアイシ・オートテックは株式会社クレトを吸収合併し、クレトの事業は商事事業となりました。2006年6月にはジャスダック証券取引所(現・東京証券取引所)に上場し、アルファフレーム・装置・商事の三つの事業を核とすると説明しました。2007年6月には立山工場の敷地内に技術開発センターを設立し、2008年10月には100%子会社のセイデン工業を吸収合併しています。
株主総会資料によれば、アルファフレーム部門はアルミ製の構造部材と、経験豊富なCAD設計陣による技術設計支援を提供します。装置部門は高度な自動化装置からクリーンルームまでを製造・販売し、商事部門は工業用砥石を中心とした工業生産財(工場で製品をつくるために使う工具・消耗品・設備)を提供しながら、メーカー機能を活用した設備の導入提案を営業の特徴としています。
02部門別の売上高の動き
部門別の連結売上高を見ると、2018年3月期から2020年3月期にかけて、三つの事業がそろって減少しました。アルファフレーム部門は5,489百万円から4,093百万円へ約25%、装置部門は2,212百万円から1,474百万円へ約33%、商事部門は1,558百万円から1,047百万円へ約33%の減少です。一方、2020年3月期から2022年3月期にかけては、アルファフレーム部門が約18%、商事部門が約50%増えたのに対し、装置部門は約30%減り、動きが分かれました。
03分析の視点
第一に、多角化の三つの検証です。参入する業界に構造的な魅力があるか、参入の費用が将来の利益を食いつぶさないか、そして統合によって新しい事業か既存の事業が競争上の優位を得るか、という三つの問いです。「より良くなる」経路には、販売・物流・サービスなどの活動を複数の事業で共用する活動の共有と、ある事業で得た知識や技能を他の事業に移すノウハウの移転があります。
第二に、統合の方法です。他社の事業を自社に移す事業移管、存続する会社が消滅する会社の権利義務を引き継ぐ吸収合併、株式の取得などで経営権を得る買収があります。2001年のクリーン事業は事業移管、2002年のクレトと2008年のセイデン工業は吸収合併に当たります。なお、2002年の合併が買収に当たるかは、両社の資本関係が公表資料から分からないため、判断できません。
第三に、分散効果です。複数の事業を持つと、事業ごとの収益の変動が互いに打ち消し合い、全体の変動が小さくなることがあります。その大きさは、事業の収益がどれだけ連動するかで決まります。
04分析:統合は、機能を補い合う組み合わせであった
商社単独では、設備を提案できても、自ら設計し製作することはできません。統合によって、商事部門は自社の装置と部材を使った提案ができるようになりました。反対に、装置と部材の事業は、消耗品の継続的な取引を通じた製造現場との接点を得ました。統合は、双方をより良くする組み合わせでした。
一方、三つの事業はいずれも製造業の設備投資の影響を受け、減少の局面では同時に減りました。統合の意義をリスク分散に求めることはできません。統合の意義は、メーカー機能と商社の継続的な顧客接点を結びつけた点にあります。これにより、系譜Aと系譜Bの資源が、一つのストーリーにつながりました。
設計・組立の知識をサービスにする意義
第6章では、2008年の「カクチャ」と2010年の「マーキングシステム」を取り上げます。部材を売るだけでなく、部材の使い方の知識をサービスとして提供する動きです。
01顧客に残っていた手間
標準部材を買う顧客には、どの部材をどの長さでどう組み合わせるかを決める設計、部材をそろえて手配する発注、部材をどこにどの方向で取り付けるかを確かめながら組む組立の手間が残っていました。会社は2010年に、組立の無駄な時間は「探す・考える・計る」にあると説明しています。
02カクチャとマーキングシステム
2008年6月に始めたカクチャは、専用に開発した3次元CADにより、アルファフレームシステムの見積りから設計・組立までの技術情報の作成を自動化・省力化する仕組みです。会社は、設計基準に基づく自動設計で誤りのない部材リストをつくれること、設計の人件費を一般管理費で吸収できること、作図の時間を大きく短縮できることを効果に挙げ、図面や部材リストを顧客に無償で提供しています。
2010年1月に始めたマーキングシステムは、カクチャに蓄積したデータベースを基に、専用プリンターで組立の指示をアルファフレームの表面に直接印字する仕組みです。作業者は、図面を読み解く代わりに、部材に印字された位置に部品を取り付けます。組立作業時間は、会社のデータとの比較で3〜4割減るとされています。
2011年3月期には納入件数が着実に増加し、2017年3月期には、サービスに関わる人員と設備を拡充して受注が増え、売上総利益は前期比32.4%増の2,015百万円となりました。また、アルファフレームの溝(T溝)は独自の寸法で、他社製のナットと互換性を持ちません。会社は、これを高い剛性を確保するための設計と位置づけています。
03分析の視点
第一に、サービス化です。製造業の企業が、製品に、使い方の知識や支援を組み合わせて提供することで、顧客にとっての価値を高める動きを指します。
第二に、知識の形式知化です。個人の経験や勘に宿る言葉にしにくい知識を暗黙知、言葉・基準・図・データとして表され共有できる知識を形式知といいます。組織の知識は、暗黙知を形式知にし、形式知を組み合わせて体系にし、それを実践で身につけるという変換を繰り返して広がります。
第三に、マス・カスタマイゼーションとスイッチング・コストです。前者は、標準化した部品を量産し、その組み合わせを顧客ごとに変えることで、大量生産の効率と個別の要求を両立させることです。後者は、顧客が別の供給者に乗り換えるときに負う費用で、既存の設備との互換性、使い方の学び直し、手続きのやり直しなどから生じます。
04分析:知識を部材に組み込み、部材を選ぶ理由にした
部材の使い方の知識は、もとは設計者と組立作業者の経験にありました。カクチャは設計の知識を基準とソフトに移し、マーキングシステムはその情報を部材そのものに書き込みました。知識は、人から、システムと部材へ移されました。
顧客は設計と組立の手間を減らせ、会社は設計を別に売らず、部材の販売で対価を得ます。サービスは部材を選ぶ理由となり、小規模な案件まで受注を広げました。設計データは生産と組立の指示にも使われるため、受注の増加は生産の効率化にも結びつきました。
部材は標準化して量産し、組み合わせを顧客ごとに設計することで、量産の効率と個別の要求を両立しました。独自の溝形状は、部材・補助部品・設計データを一体にし、増設や変更でも同じ部材を使い続ける理由になります。設計の無償提供や、互換性を持たない溝形状は、単独で見れば非合理に見えますが、ストーリー全体の中では継続的な購買を支える合理的な打ち手です。
拡大計画とその後の再編の意義
第7章では、2016年に始まった倍増計画、タイの子会社の設立から解散まで、そして2024年の二部門への再編を取り上げます。
01倍増計画と拠点への投資
会社は、2016年度から2020年度までの5か年で、最終年度の売上高・事業規模を倍増する計画を掲げました。2016年度を「倍増計画元年」と位置づけ、上場以来初の大型設備投資を計画しています。背景として、政府の投資促進策による設備投資の好機、自動化の波が高まると見込んだASEAN地域への展開、世界的な好景気による製造機械の需要の増加を挙げていました。
計画のもとで、2016年8月にタイの子会社へ6,000万バーツ(約1.9億円)を増資し、2017年7月には立山事業所(FA装置の設計・製作の拠点、投資予定額約8.5億円)とアルファフレーム北関東(出荷センター)が稼働しました。2018年3月には本社を流杉工場へ移し、2019年9月には愛知事業所が稼働しています。
02売上高の推移
売上高は2018年3月期の9,260百万円が最も高く、2020年3月期には6,614百万円に減りました。計画の最終年度にあたる2021年3月期は6,649百万円で、計画前の2016年3月期(約6,175百万円、部門別売上高の合計)の約1.08倍にとどまりました。2024年3月期には4,852百万円(営業損失478百万円)まで減り、2025年3月期は6,647百万円、2026年3月期は6,305百万円となっています。なお、2024年3月期以降は単体の数値です。
03海外展開と二部門への再編
タイの子会社は、2015年1月に資本金1,000万バーツで設立され、2016年8月と2020年3月に増資されました。2021年9月に解散・清算を決め、現地企業による代理店販売に移行し、2022年3月に解散しています。解散の理由は公表されていません。
2024年3月期には、アルファフレーム部門と装置部門を統合してFA部門とし、三部門から二部門の体制になりました。同じ年度は、半導体・FPD関連の設備投資の延期や原材料価格の高止まりが続き、売上高は前期比72.9%でした。中期経営計画(2025〜2027年3月期)は、「アルミフレームの専門メーカー」であり「アルミフレームを活用したFA装置メーカー」である企業を将来像とし、FA事業の一体化(部材の潜在的な需要の掘り起こし、大型構造物の受注拡大)を掲げています。2026年3月期の売上高は計画の7,100百万円に対し6,305百万円で、計画との差が残っています。
04分析の視点
第一に、環境変化に対応する三つの力です。環境の変化の中から機会と脅威を見いだす感知、見いだした機会に投資して事業にする捕捉、環境に合わせて資源と組織を組み替える変革です。機会への投資は、需要の変化を見誤ると過剰な能力として残るため、変革の力が問われます。
第二に、組織は戦略に合わせて組み替えられるという考え方です。事業の範囲や組み合わせ方を変えれば、部門の分け方や資源の配分も変える必要があります。組織の分け方は、どの事業の連携を重視するかを表します。
第三に、段階的な投資と撤退です。不確実な事業への投資を、追加の投資や撤退を選べる選択肢として扱い、小さく始め、結果を見て判断し、撤退の形もあらかじめ考えておく、という考え方です。
05分析:拡大、撤退、再編から何が見えるか
倍増計画は、自動化需要の高まりという機会を感知し、生産と出荷の能力への投資で捕捉しました。しかし売上高は、半導体・FPD・自動車などの顧客の設備投資の循環に左右され、倍増には届きませんでした。拡大の速さを決めたのは、自社の能力よりも、顧客の投資の時期でした。
海外展開は、小さく始めて段階的に資本を加える形で進められ、撤退では直接の展開をやめる一方、代理店を通じた販売の経路を残しました。2024年の再編は、部材と装置を別々に運営する形から一体で運営する形への組み替えであり、第4章で見た「部材と装置が互いを支える関係」を、組織の単位にした変革です。拡大・撤退・再編を通じて、ストーリーの構成要素は変わらず、変わったのはそれを運営する組織の単位でした。
この企業の知見と実績から学ぶ
第8章では、第2〜7章の分析を総括します。七つの段階の推移を振り返り、完成した戦略ストーリーと競争優位の源泉を評価したうえで、本コースの二つの問いに答えます。最後に、学んだ枠組みを自らの組織の分析に活かす手順を確認します。
01七つの段階と、完成したストーリー
約100年の推移は、七つの段階に分けられます。系譜Aの商社化、系譜Bの装置製作、標準部材の外販、部材を軸にした装置群への拡張、商社の統合、知識のサービス化、そして拡大計画と再編です。どの段階でも、顧客は製造業の製造現場でした。変わったのは、提供の形と、それを運営する組織です。
完成したストーリーは、八つの構成要素からなります。商社の取引関係、装置の設計製作、標準部材の体系、外販と販売網、部材を基盤とする装置群、商事部門の提案営業、設計・組立の知識サービス、独自の溝形状です。標準部材の体系を中心に、外販、装置群、提案営業、知識サービスがつながり、独自の溝形状が部材の継続購買を支えます。
02ストーリーとクリティカル・コアの評価
ストーリーは、つながりの強さ(因果が確かか)、太さ(つながりの数が多いか)、長さ(時間的にどれだけ広がっているか)で評価できます。部材と装置の支え合いや、設計データによる受注と生産の効率化は、会社の事業の説明と業績の記述で裏付けられます。標準部材の体系と装置群はそれぞれ四つの構成要素とつながり、1927年に始まる系譜Aの取引関係は、現在の商事部門に至っています。この企業のストーリーは太く、長いため、一つの打ち手だけを真似しても同じ効果は得られません。
クリティカル・コアは、装置メーカーが、自社の装置づくりの基盤である部材と、その使い方の知識を外部に提供したことにあります。単独で見れば、自社の装置事業と競合しかねない打ち手です。しかし全体で見れば、外販の量と品種が自社装置の基盤を強め、知識の提供が部材の採用を広げ、装置の受注が部材の需要を生みます。この打ち手は、装置製作の経験と標準部材の体系の両方を持つことで初めて成り立ちます。
03競争優位の源泉と、硬直の条件
資源が持続的な優位を生むかは、価値があるか、希少か、模倣が難しいか、それを活かす組織があるか、という四つの問いで評価できます。標準部材の体系は、構造材を提供する企業が他にもあり、押出形材も既存の技術であるため、単独では優位を保ちにくい資源です。一方、装置製作の経験と要素技術は、長い歴史の中で蓄積され、部材メーカーと装置メーカーを兼ねるという点で模倣が難しい資源です。優位の源泉は、個々の資源ではなく、装置製作の経験を標準部材と知識サービスに結びつけた組み合わせにあります。
ただし、強い組み合わせは条件によっては硬直にもなり得ます。組み合わせが強いほど、事業は同じ顧客と同じ規格に集まり、顧客の投資の循環から離れにくくなります。独自の規格は乗り換えの費用を生む一方、業界の標準が広がる局面では採用の障壁にもなり得ます。組み合わせを保ちながら、顧客の範囲と用途を広げ続けられるかが、強みを硬直にしない条件です。
04本コースの問いへの答え
問い1への答えです。事業の定義を変える契機は、蓄えた資源のうち使い切っていない能力と、顧客の投資や自動化の需要という環境の変化でした。変え方は、顧客の機能を保ったまま、提供の形を変えることでした。
問い2への答えです。提供の形の変化と各段階の論理は、公表された事実で説明できます。一方、各段階の判断が当初から一つの構想として計画されていたかは確かめられません。「再定義」は、積み重なった変化を一つの筋として説明する枠組みとして有効です。第1章で書いた「変わらないもの」の仮説を、技術・提供の形と組織は変わり、顧客と資源の積み重ね方は残った、という結果と照らして見直してください。
おわりに
本コースでは、鑢の製造から始まった一つの企業が、約100年のあいだに提供の形を変えながら、製造現場という顧客に応え続けてきた過程を分析しました。
分析の手順は、自らの組織にもそのまま使えます。事業を三つの次元で記述し、蓄えた資源と使い切っていない能力を棚卸しし、打ち手のつながりをストーリーとして描き、資源の組み合わせが優位となる条件と硬直になる条件を確かめてください。




