地方創生型SXの事例とモデル
コースマップ
はじめに
射場(スペースポート)も、航空宇宙産業の歴史的な集積も、上場した宇宙ベンチャーもない地方都市で、なぜ地元の中小企業が3年ほどのうちに「宇宙」をテーマにした新規事業を共創し始めたのでしょうか。
本ページは、浅野高光氏の論文「地方創生型SXの事例とモデル」を読み解くための補助教材です。論文は4ページの講演原稿で、心理学・社会学・経営学の理論が短い字数に凝縮されています。ここでは章ごとに「何が主張され、どの理論がそれを支え、どこを批判的に読むべきか」を整理します。論文本文を手元に置き、並べて読み進めてください。
| 論文の章 | 役割 | 読むときの焦点 | このページ |
|---|---|---|---|
| 1. 目的および背景 | 問いの設定 | 従来の地方創生の限界と、久留米市という「逆説的」な事例 | パート1 |
| 2. 宇宙を「思考装置」とする発想 | 概念と理論的土台 | SXの定義、三つの実践領域(表1)、宇宙の三特性、バウンダリー・オブジェクト | パート1(2.1〜2.3節)・パート2(2.4節) |
| 3. 久留米モデルの実践プロセス | モデルの記述 | 4段階(図1)と各段階を支える理論。表2(TTM)・表3(調査手法) | パート3 |
| 4. モデルの一般化と他地域への示唆 | 一般化 | 理論の統合、アトツギ世代、再現の条件 | パート3 |
| 5. おわりに | 今後の課題 | 他地域での検証、定量的評価、Dual Useの事業化 | パート3 |
宇宙関連資産のない都市で生まれた、地方創生型SX
パート1では、論文が立てる問いと立場を確認したうえで、中心概念である地方創生型SXの定義、三つの実践領域、そして主題としての「宇宙」がもつ三つの特性を読みます。スライドAの解説動画と対応しています。
- p.2問い:宇宙関連資産のない都市で、なぜ動きが生まれたのか
- p.3従来の地方創生は、外発的な施策に依存しがちだった
- p.4SXの定義:宇宙を「技術」ではなく「思考装置」として使う
- p.5地方創生型SXは、三つの実践領域として具体化される
- p.6領域① 思考装置としての宇宙:制約を起点に問いを立てる
- p.7領域② 衛星データの利活用:価値は地域課題との接続にある
- p.8領域③ 衛星・ロケットのものづくり:障壁は技術ではなく心理
- p.9なぜ「宇宙」なのか:主題としての三つの特性(Dual Useを含む)
- p.10まとめ:三領域と「鍵となる介在」
01従来の地方創生と、その限界(第1章)
論文の出発点は、人口減少・労働生産性の低迷・事業承継問題という、多くの地方都市に共通する課題です。従来の地方創生は、企業誘致や特定の基幹産業への補助金投入といった外発的な施策に依存しがちでした。
論文は中小企業白書2024年版を引きながら、この種のアプローチは既存のサプライチェーンや明確な利害関係に縛られやすく、地域の多様な主体を巻き込んだ持続的なイノベーション・エコシステムを築きにくいと指摘します。
02久留米市という逆説的な事例と、論文の立場(第1章)
福岡県久留米市には、射場(スペースポート)も、航空宇宙産業の歴史的な集積も、上場した宇宙ベンチャーもありません。それにもかかわらず、既存の中小企業が宇宙をテーマにした新規事業や地域連携を始め、およそ3年で地域創生が具体的な形をとりつつある、と論文は述べます。
論文はこの現象を、宇宙啓発や一過性のイベントの成果ではなく、社会科学的なメカニズムに基づく意図的なコミュニティ・デザインの成果として捉え直します。「自然に盛り上がった」のではなく「設計された」と主張している点が重要です。この立場があるから、パート3で手順と再現性を論じることができます。
03この論文の性格:実践知の体系化
論文の一次情報は、筆者自身(株式会社Space Food Lab)が久留米市で実践してきた知見です。つまりこの論文は、実践者が自らの実践を心理学・社会学・経営学の理論で説明する「実践知の体系化」の論文です。第三者による検証研究ではない点は、根拠の強さを考えるときの前提になります。「批判的に読む」で、もう一度この点に戻ります。
04SXの定義:宇宙を「思考装置」として使う(2.1節)
DX・GXと同じ造語法で、論文は「宇宙というレンズを既存産業に当てることで発想と事業を変革する営み」をSX(Space Transformation)と呼びます。核心は、宇宙を技術としてではなく思考装置として用いる点です。宇宙技術を導入することが目的ではなく、極限環境である宇宙を想像すること自体が、地上の既存産業に新しい問いと価値基準を持ち込みます。
ただし論文は、「思考装置としての宇宙」はSXを構成する三つの実践領域の一つにすぎない、とも明記しています。タイトルの印象から「SX=思考装置」と短絡しないことが、正確な読解の第一歩です。
05三つの実践領域(2.2節・表1)
三領域はいずれも宇宙関連資産の有無に依存せず、共通して「新しいものへの挑戦」を意味します。そして三領域とも、パート3で扱う翻訳と巻き込みのメカニズムを共通の駆動原理とします。
| 実践領域 | 内容 | 鍵となる翻訳・介在 |
|---|---|---|
| ① 思考装置としての宇宙 | 閉鎖環境・水資源の制約・ゴミゼロなどの宇宙生活を観点に持ち込み、制約を起点に既存事業へ新たな問いと価値基準を与える | 事業ドメインへ意味を翻訳するコーディネーター |
| ② 衛星データの利活用 | 「データがあるから使う」ではなく、衛星データを農業・治水・モビリティ・防災・環境政策などの広域課題へつなぐ | 技術と地域課題をつなぐ翻訳・接続の設計 |
| ③ 衛星・ロケットのものづくり | 板金・電子回路・研磨など、中小企業の既存技術で製造サプライチェーンに参画する。障壁は技術ではなく心理 | 製造企業と地域企業を橋渡しする窓口人材 |
右端の列「鍵となる翻訳・介在」が、すべて人による介在であることに注目してください。
06主題としての「宇宙」がもつ三つの特性(2.3節)
(1) 利害関係の不在:特定産業のテーマには関係者しか集まりにくいが、宇宙は地域内に直接の利害を持たないため、業種を超えて幅広い層が低い敷居で集まれる。しかも宇宙は産業化しつつあり、知的好奇心と経済的価値の両方に接続できる。
(2) 翻訳可能性:宇宙は「地球」と同様の上位概念で、天体・衛星・月面生活・宇宙食・宇宙建築などを内包するため、食・繊維・製造・農水産のどれにも翻訳できる余白を持つ。
(3) 極限環境の制約:閉鎖空間、水や資源の制限、ゴミゼロといった厳しい基準が、地上製品の品質やブランド価値を引き上げる「制約起点のイノベーション」を生む。そこで生まれた水循環・長期保存・低環境負荷などの技術は、防災・SDGs・高齢化対応へ還元される(Dual Use)。
バウンダリー・オブジェクトとしての宇宙
パート2では、論文の理論的な核の一つであるバウンダリー・オブジェクト概念を読みます。利害も目的も異なる人々が、なぜ「宇宙」のもとに集まれるのか。2.3節の三つの特性と、3.4節・第4章のコーディネーター論もつなげて考えます。スライドBの解説動画と対応しています。
- p.2問い:目的の違う主体が、なぜ一つのネットワークに集まるのか
- p.3バウンダリー・オブジェクトとは何か
- p.4原典の文脈
- p.5二つの性質:解釈の柔軟性と、アイデンティティの堅牢性
- p.6久留米モデルにおける「宇宙」の三つの意味づけ
- p.7共通のアイデンティティ:「宇宙を活用する」
- p.8結果として生まれる「完全な合意なき協働」
- p.9なぜ宇宙はバウンダリー・オブジェクトになれるのか(特定産業テーマとの比較を含む)
- p.10バウンダリー・オブジェクトを「操作する」コーディネーター
- p.11まとめ:宇宙は「合意なしに集まれる場」をつくる
01問い:目的の違う主体が、なぜ一つのネットワークに集まるのか
地域には、宇宙に関わる理由がそれぞれ異なる主体がいます。行政は地方創生を進めたい、地場の中小企業は新しい事業機会がほしい、宇宙機関は技術を実証する場がほしい。目的が違えば、ふつうは合意形成に時間がかかり、対立も起こります。それでも久留米では、異分野のプレーヤーが一つのネットワークに集まりました。論文は、この問いにバウンダリー・オブジェクトという概念で答えます。
02バウンダリー・オブジェクトとは何か(2.4節)
Star と Griesemer(1989)が提唱した概念で、論文は「異なる実践共同体の境界に位置し、各主体のローカルなニーズに適応できる柔軟性と、複数の世界をまたいで共通のアイデンティティを保つ堅牢性とを兼ね備えた概念や事物」と定義しています。
原典は、大学の博物館の設立期を対象に、研究者・アマチュアの収集家・管理者など立場の違う人々が、標本や記録様式を介して協働した過程を分析した研究です。久留米モデルは、この「事物」の位置に「宇宙」という主題を置いていると読むことができます。
03二つの性質と、宇宙の三つの意味づけ
柔軟性だけでは意味がばらばらになり、共通の取り組みになりません。堅牢性だけでは、特定の立場の人しか関われなくなります。両方を同時にもつことが、バウンダリー・オブジェクトの条件です。
論文によれば、宇宙は行政にとっては「産業振興・地方創生の大義名分」、地場の中小企業にとっては「自社技術の新市場とロマン」、宇宙機関にとっては「生活基盤技術の実証フィールド」です。意味づけは三者三様でも、「宇宙を活用する」という共通のアイデンティティは保たれます。
04結果として生まれる「完全な合意なき協働」
全員の目的をそろえてから協働する合意形成型では、時間とコストがかかり、利害の対立が表に出やすく、合意できない主体は離れていきます。これに対して久留米モデルでは、各主体の目的はそのままで、「宇宙を活用する」という旗印だけを共有します。そのため、異分野のプレーヤーが対立せずに集い、一つのネットワークとして動き出せる、と論文は述べます。
なお、2.3節の三つの特性について、論文はバウンダリー・オブジェクト概念によって理論的に裏づけられるとしています。スライドB p.9 の「利害関係の不在は堅牢性を支える」「翻訳可能性は柔軟性を支える」といった対応づけは、本教材の読み解きです。
05旗印を「操作する」コーディネーター(3.4節・第4章)
バウンダリー・オブジェクトは、置いておけば自然に人が集まるわけではありません。論文は3.4節で「バウンダリー・オブジェクトを操作するコーディネーター」という言い方をし、第4章ではコーディネーターを必須通過点(Obligatory Passage Point)と位置づけています。
各主体の言葉を宇宙の文脈へ翻訳し、旗印のもとにつなぎ続ける人の働きがそろって、初めてネットワークが成立します。この点は、パート3の4段階と再現の条件につながります。
4段階の巻き込みと、再現のための条件
パート3では、論文の中心である4段階のプロセスと、それを支える社会科学理論を読みます。続けて、第4章の理論の統合と再現の条件、第5章の今後の課題を確認します。どの段階も「地域資源を宇宙文脈へ翻訳するコーディネーター」の介在を前提とした意図的な設計である、という点が繰り返し強調されています。スライドCの解説動画と対応しています。
- p.2全体像:4段階を3〜4年かけて進める
- p.3段階1 探すのは宇宙ファンではなく「くすぶり層」
- p.4段階1 くすぶりは、アンケートでは見えない
- p.5段階2 自己決定理論(SDT):三つの欲求で内発的動機を高める
- p.6段階2 行動変容段階モデル(TTM):段階ごとに介入を変える
- p.7段階3 イベントの成否は、当日ではなく事前設計で決まる
- p.8段階3 巻き込みは、ANTの「翻訳」の4段階に対応する
- p.9段階4 「宇宙予算」は新設せず、既存予算を掛け合わせる/産官学金エコシステム
- p.10まとめ:五つの理論の統合と、再現のための二つの条件
01全体像:4段階を3〜4年かけて進める(図1)
出発点は、地域の閉塞感、とくに後継(アトツギ)層が抱える「くすぶり」です。そこから、アクティブ層の特定、宇宙への翻訳と自分ごと化、場の設計とケミカルリアクション、既存予算を活用した産官学金エコシステム、の4段階を3〜4年かけて進め、自律的なイノベーションの連鎖を生み出します。
02段階1 アクティブ層(くすぶり層)の特定(3.1節)
探すべきは宇宙ファンではなく、長く成長が滞り、下請け構造の中で新たな事業機会を求めて閉塞感(くすぶり)を抱える層です。Rogersの普及学(イノベーター理論)や2:6:2の法則に即して、一歩を踏み出したい上位2割に初期の資源を集中させます。
くすぶりは非認知的な領域に属し、「新しいことに挑戦したいか」という直接的なアンケートでは表に出ません。そこで自治体名義・公的調査というオーソリティを使い、企業訪問によるエスノグラフィー的な質的調査を行います。論文はこの方法でヒット率6〜7割に達し、リファラル(数珠つなぎ)でネットワークを広げたと述べます。
| 観点 | 従来の行政的アプローチ(量的調査) | 久留米モデル(質的調査) |
|---|---|---|
| 調査形式 | 大規模アンケート・郵送調査 | 自治体名義の個別訪問ヒアリング |
| 抽出される情報 | 顕在的・認知的ニーズ(表面的な賛否) | 潜在的・非認知的インサイト(本音と不安=くすぶり) |
| 次のステップ | 報告書の作成、マス向けの画一的施策 | 文脈に合わせた宇宙事業の提案、イベントへの招待 |
| 巻き込み効率 | 低い(当事者意識が芽生えにくい) | 高い(ヒット率6〜7割、ピア効果で強いコミットメント) |
03段階2 宇宙への翻訳と「自分ごと化」(3.2節)
DeciとRyanの自己決定理論(SDT)は、動機づけが自律性・有能感・関係性の三つの欲求の充足で高まるとします。宇宙のロマンや知的好奇心は補助金のような外発的動機ではなく内発的動機として働き(自律性)、翻訳によって自社技術が宇宙でも通用すると気づき(有能感)、同じ志を持つ経営者とつながる(関係性)ことで、能動的な行動が生まれます。
この移行は、Prochaskaらの行動変容段階モデル(TTM)に沿って段階的に設計されます。対象者をいきなり実行期に引き上げず、段階ごとに異なる介入を用意する点が特徴です。
| 段階 | 中小企業の心理状態 | 久留米モデルの介入 |
|---|---|---|
| 無関心期 | 下請け業務に追われ、新規事業や宇宙に関心がない | 自治体名義の質的調査で潜在的な「くすぶり」を可視化する |
| 関心期 | 課題感を自覚し、何か始めたいがきっかけがない | 宇宙を「地球生活の延長線」として示し、「自社の技術が活きる」気づきを与える |
| 準備期 | 参入可能性を探り、情報収集やネットワーク構築に関心を持つ | テーマを絞った小規模イベントに招待し、事業感覚の合う他者と意図的につなぐ |
| 実行期 | 自社の技術を宇宙文脈へ翻訳し、試作や新規プロジェクトを始める | コーディネーターの個別フォローとピア効果で孤立を防ぐ |
| 維持期 | 宇宙を活用した事業や連携が日常化する | テーマのローテーションと定期開催で「次もある」を示す |
04段階3 場の設計とケミカルリアクション(3.3節)
論文は、イベントの成否は当日ではなく事前設計で決まるとし、テーマに事業感覚が合いそうな人物を最低3名事前に選んで招き、終了後のネットワーキングで具体的な接点を個別に指摘する、という手順を示します。
切り口には「食」が選ばれます。食は専門知識や社会的地位によらず共有でき、共食は社会関係資本を育てる実践とされます(Putnam)。そこで生まれるのは閉じた強い紐帯ではなく、業種を超えた緩やかな弱い紐帯です(Granovetter)。論文は、ここまでの一連の巻き込みを、Callon・Latourのアクターネットワーク理論(ANT)の「翻訳」の4段階に対応させています。
| ANTの翻訳 | コーディネーターが行うこと |
|---|---|
| 問題提起 | 漠然としたくすぶりを、「宇宙と既存産業の融合」という課題に設定し直す |
| 関心付け | 敷居の低い食のイベントで、「下請け」という役割から引き剥がす |
| 巻き込み | 各社の具体的な技術に、宇宙での新しい役割を割り当てる |
| 動員 | 個別の動きを「久留米発の宇宙産業エコシステム」として可視化し、外部の賛同者を集める |
05段階4 既存予算を活用した産官学金エコシステム(3.4節)
実績のない段階で「宇宙関連予算」を新設するのは、議会や住民の理解を得にくく現実的ではありません。そこで産業振興・農林水産・防災といった既存の基盤予算を掛け合わせ、仕様書の一部に宇宙の文脈を織り込むことで、実質的な活動資金(宇宙共創ファンド)を確保します。
自治体・大学・JAXA等の研究機関・民間企業・金融をコーディネーターがハブとなって束ね、3〜4年かけて部品試作や新規事業などの成功事例が出た段階で、初めて「宇宙」を冠した予算化へ移行します。
06五つの理論の統合と、アトツギ世代(第4章)
第4章は、久留米モデルを五つの理論の統合として整理します。自己決定理論による内発的動機の喚起、バウンダリー・オブジェクトとしての宇宙の解釈の柔軟性、アクターネットワーク理論に基づく翻訳と巻き込み、共食と弱い紐帯による社会関係資本の構築、そして「くすぶり」を抱えるアトツギ世代を起点とするイノベーター理論です。
とくに40〜50代の2代目・3代目経営者は、一定の経営的安定を確保しつつ次世代への継承に危機感を抱え、意思決定が速く既存の経営資源を動かせる層として描かれます。この層に宇宙を掛け合わせることで、最も強力なアクティブ層になる、と論文は述べます。
07再現の条件と、今後の課題(第4章・第5章)
論文は久留米モデルを、基幹産業を持たない他の地方都市にも再現可能な枠組みとしつつ、実装には二つが不可欠だと付け加えています。一つは翻訳者たるコーディネーターの存在(必須通過点)、もう一つは初期段階における質的調査への投資です。「誰でもどこでもできる」ではなく、「この二つがそろえば再現できる」という条件つきの主張として読むのが正確です。
第5章では、今後の課題として、他地域への適用によるモデルの一般性の検証、成功事例の定量的評価、地上へのスピンオフ(Dual Use)の事業化が挙げられています。
論文の根拠と射程を見極める
論文の主張を受け取るだけでなく、根拠の強さを見極めることも読解の一部です。ここでは、論文を批判的に読むための四つの視点を示します。
01根拠の種類
主な根拠は筆者自身の実践知です。「ヒット率6〜7割」は、訪問した企業数・判定基準・期間が示されておらず、比較対象(量的調査)の数値もありません。論文自身が定量的評価を今後の課題としている点と合わせて読みましょう。
02理論の転用
TTMはもともと禁煙など個人の健康行動の研究から生まれたモデルです(Prochaska & DiClemente, 1983)。企業の新規事業参入という組織の意思決定に当てはめるとき、何が変わるでしょうか。
03因果の切り分け
久留米市の動きには、国際会議の開催や県の支援事業など、モデル以外の要因も重なっています。どこまでがモデルの効果と言えるかを考えてみてください。
04再現性の条件
再現の鍵が「コーディネーター」という特定の人材にあるなら、その人材をどう育て、どう確保するのか。論文が答えていない問いです。
論文の背景にある実践事例
論文本文は個別企業名を挙げていませんが、三つの実践領域には久留米市周辺で具体的な事例があります。以下は論文外の公開情報(本教材のファクト調査資料)に基づく参考情報です。
| 実践領域 | 事例 |
|---|---|
| ① 思考装置としての宇宙 | 株式会社福岡フーズが、宇宙での筋力低下対策から発想したゼリーを開発し、地上のシニア向けフレイル予防へつなげる。株式会社BISAは、無重力下で香りを感じにくくなる「スペースノーズ」に着目した宇宙ハーブティーを開発。 |
| ② 衛星データの利活用 | 準天頂衛星「みちびき」の高精度測位を、建物の外壁タイル補修の位置管理に使う取り組み(ネクスフォージ株式会社)や、IoTセンサーと衛星データによる営農支援(株式会社HaKaL)。 |
| ③ 衛星・ロケットのものづくり | 産業用搬送装置メーカーのオガワ機工株式会社が、福岡県内の中小企業と共同で、民間ロケット「カイロス3号機」に搭載する10cm角の超小型衛星機器を開発。 |
論文の要点を確かめる
論文の内容をどこまで読み取れたか確認しましょう。各問の「解答と解説を見る」を押すと、正解と解説が開きます。
- A. 最先端の宇宙技術を、地方の中小企業に導入すること
- B. 「宇宙」という視点を地元の産業に当てて、考え方や事業を変えていくこと
- C. ロケットの発射場を誘致して、宇宙産業の拠点をつくること
- D. 宇宙をテーマにした市民向けのイベントを開くこと
解答と解説を見る
- A. 地元企業の加工技術が足りないこと
- B. 宇宙のための予算がないこと
- C. 「扱ったことのないものに手を出す」ことへのためらい
- D. 衛星データを手に入れる費用が高いこと
解答と解説を見る
- A. それぞれの目的は違ったままでも、「宇宙を活用する」という共通の旗印のもとで協力できる
- B. まず全員が同じ目的に合意してから協力する
- C. 行政が方針を決め、企業はそれに従って協力する
- D. 宇宙の専門機関どうしだけで協力する
解答と解説を見る
- A. アンケートより費用が安いから
- B. 宇宙に詳しい企業を早く見つけられるから
- C. 報告書を早くまとめられるから
- D. 「何か新しいことをしたい」という本音は、アンケートで直接たずねても出てこないから
解答と解説を見る
- A. 問題提起
- B. 関心付け
- C. 巻き込み
- D. 動員
解答と解説を見る
おわりに
久留米モデルは、ロケットの発射場や宇宙産業の集積がない地方都市でも、「宇宙」をテーマにすることで、地元の中小企業が新しい事業に挑戦し始められることを示した事例です。論文は、それが偶然ではなく、心理学・社会学・経営学の考え方にもとづいて計画的に進められたものだと説明しています。
- Star, S. L. and Griesemer, J. R. (1989) Institutional Ecology, ‘Translations’ and Boundary Objects. Social Studies of Science, 19(3), 387–420.
- Rogers, E. M. (2003) Diffusion of Innovations, 5th ed. Free Press.
- Deci, E. L. and Ryan, R. M. (2000) The “what” and “why” of goal pursuits. Psychological Inquiry, 11(4), 227–268.
- Prochaska, J. O. and DiClemente, C. C. (1983) Stages and Processes of Self-change of Smoking. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 51(3), 390–395.
- Putnam, R. D. (2000) Bowling Alone. Simon & Schuster.
- Granovetter, M. S. (1973) The Strength of Weak Ties. American Journal of Sociology, 78(6), 1360–1380.
- Callon, M. (1986) Some Elements of a Sociology of Translation. In J. Law (ed.), Power, Action and Belief, 196–233. Routledge & Kegan Paul.
- 中小企業庁『中小企業白書』2021年版・2024年版




