人事部門にとって生成AIは敵か味方か
Is Generative AI an Ally or Foe for Human Resources?
人事担当者186名への2時点調査から、生成AIが人事業務にどこまで入り込んでいるのか、そしてそれが人事部門と現場の関係に何をもたらすのかを実証的に検証した論文です。結論は「今のところ味方」。ただし、その理由は多くの人が想像するものとは少し違います。
生成AIは人事の仕事をどこまで担えるのか。写真はイメージです(Adobe Stock)
| 著者 | 西村 孝史(東洋大学 経営学部 教授) |
|---|---|
| 掲載誌 | マーケティングジャーナル 45巻4号, 301–311頁, 2025年(日本マーケティング学会/特集論文・招待査読論文) |
| DOI | 10.7222/marketing.2025.046 |
| ライセンス | CC BY-NC-ND 4.0(受理 2025年8月18日/公開 2025年9月30日) |
研究助成について
本研究は、(1)科学研究費補助金 基盤研究(B)(日本学術振興会、研究番号:20H01536)、(2)基盤研究(C)(日本学術振興会、研究番号:24K05018)、(3)2025年度しのはら財団(一般財団法人 篠原欣子記念財団)および(4)2021年度第52回倉田奨励金(公益財団法人日立財団)から研究助成を受けています。
※助成に関する記載は論文本文の謝辞に基づきます。研究内容および見解に関する責任はすべて著者に帰します。
読み方を2つ用意しました。「導入編」で結論と動画から概要をつかみ、必要に応じて「解説編」をお読みください。見出しをクリックすると開閉します。
導入編 要旨・解説動画・3つの問い
要旨
生成AIは「味方」だった
生成AIの活用が進んでいる職場ほど、人事部門と現場(ライン)の関係が良好でした。人事の仕事を奪う存在としてではなく、既存の人事制度を回す「運用の一部」として効いています。
効くのは制度が弱い職場
人事制度が整っていない職場でこそ、生成AIの活用が関係性を大きく押し上げました。逆に制度が整っている職場では、すでに水準が高いため上げ幅は限られます。
現場の活用度はまだ低い
30項目すべてで活用度は5点満点の3点未満。人事部門は生成AIへの全面移行を想定しておらず、脅威としても捉えていません。知識面の脆弱さが課題として残ります。
解説動画
論文の全体像を映像で解説しています。読み進める前に、あるいは読み終えた後の整理にお使いください。
この論文が立てた3つの問い
問い1 人事業務で生成AIはどこまで使われているのか
採用・評価・配置・労務・福利厚生など30項目について、実際の利用度を人事担当者に尋ねています。
問い2 生成AIは新しい人事制度なのか、それとも制度を回す道具なのか
生成AI支援型の人事管理が、従来の人事制度と並び立つ「別の型」になるのか、既存制度の運用を助ける存在にとどまるのかを検証します。
問い3 生成AIは人材の力量や、人事と現場の関係に何をもたらすのか
人的資本の形成、そして人事部門と事業部門の相互理解にどう影響するのかを定量的に確認します。
仮説と検証結果
| 仮説 | 内容 | 結果 |
|---|---|---|
| H1 | 高業績ワークシステム(HPWS)が人的資本を高める効果を、生成AIの活用度が強める | 棄却 |
| H2 | HPWSが人事と現場の関係性を高める効果を、生成AIの活用度が強める | 棄却 |
| H3 | 生成AIの活用度そのものが、人事と現場の関係性を高める | 支持 |
H2が棄却された理由は「効果がなかった」からではありません。生成AIの活用度が低い職場でこそHPWSの効果が強く現れ、想定と逆の符号になったためです。詳細は解説編をご覧ください。
数字で見る調査
186名
2時点調査を完了した人事・総務部門の実務家(回答率86.9%)
30項目
先進企業の人事部長の確認を経て改訂された生成AI活用度の設問数
2.01
生成AI活用度の平均(5点満点)。3点を超える項目は1つもない
41.4%
5年以内に自分の担当業務が生成AIに置き換わる可能性は「全くない」と答えた割合
こんな方に
人事・総務の実務担当者 生成AIをどの業務から入れるべきか迷っている方に、他社の活用実態と「効きやすい条件」の手がかりを提供します。
HRテック・人材サービスの企画担当者 人事部門が導入に踏み切れない理由が「発想力の欠如」と「推進力の欠如」として整理されています。訴求設計の材料になります。
人的資本経営・情報開示の担当者 人的資本の質(一般的/企業特殊的)と人事施策の関係について、示唆に富む結果が示されています。
経営学・人的資源管理を学ぶ学生・研究者 水平適合、交互作用項、単純傾斜分析といった定量分析の作法を、日本企業のデータで追える教材としても読めます。
さらに詳しく知りたい方は、下の解説編をお開きください。
解説編 背景・理論・データ・分析結果(9項目)
解説編の構成
1. 研究の背景 ── 「人事の3K」から
人事の世界には「人事の3K」という言い方が古くからあります。「経験・勘・コツ」の頭文字で、人事の仕事がいかに属人的な知識に支えられているかを表した言葉です。学術的には、その企業でしか通用しない知識やスキル、つまり企業特殊的な人的資本の比重が高い仕事とされます。
一方で、人事には企業を越えて通用する専門性もあります。高い専門性を武器に複数の企業を渡り歩く人事プロフェッショナルは確かに存在します。つまり人事の専門性は、企業特殊的なものと業界横断的なものが混ざり合っている状態です。生成AIをはじめとするIT技術によって業務の効率化が進めば、この混ざり具合そのものが変わる可能性があります。
実務的な期待も明確です。労務管理や福利厚生業務の一部を自動化し、配置や処遇について生成AIが過去の履歴に基づいて提案を行うようになれば、人事担当者はより創造的な仕事に時間を割ける。いわゆる「戦略人事」として経営に寄与するための前提条件が整う、という筋書きです。
加えて、人的資本経営の広がりも背景にあります。経済産業省は、他社と比較可能な指標に加えて自社の競争優位を示す独自指標の開示も求めており、人事部門には人事施策と経営戦略の連動、動的な人材ポートフォリオの構築、DE&Iを通じた組織力向上といった役割が期待されています。生成AIが定型業務を引き受ければ、従来の「管理のエキスパート」「従業員のチャンピオン」といった役割の比重が下がり、戦略的な役割に時間を回せるようになるはずだ、というわけです。
本論文における「生成AI」の定義
膨大なデータに基づいてテキスト・画像・音声・合成データなどの新しいコンテンツを生成することに特化したAIのサブセット。人的資源管理の文脈では、職務記述書の作成、履歴書のスクリーニング、従業員とのコミュニケーション、研修資料の作成などを自動化・支援する技術を指します。データからパターンを分析して意思決定者に情報を提供するピープルアナリティクスとは区別されています。
2. 理論的な土台 ── 人事施策の「束」
戦略的人的資源管理(SHRM)の研究では、個々の人事施策を単独で評価するのではなく、企業に導入されている施策のまとまり、つまり「束」として捉えるのが主流です。この束が個人の意欲や満足だけでなく、組織全体の成果にも影響するという前提に立ちます。
そこから提案されてきたのが「水平適合」という考え方です。施策どうしが噛み合ってシナジーを生む組み合わせを探すという発想で、たとえば人間観をX理論に置くコントロール型と、Y理論に置くハイ・コミットメント型という類型が知られています。日本では2000年代の成果主義論議がこれに相当します。成果給だけを導入しても従業員の意欲は上がりにくく、苦情処理の仕組み、考課者訓練、目標管理制度といった手続きの公正さを担保する施策が同時に入って初めて機能する、という論点です。
逆に、噛み合わない組み合わせは成果を損ないます。先行研究では、組織業績給と分権化の組み合わせが収益性と新製品開発の双方に負の影響を与えた例、成果主義方針と人材育成施策の組み合わせが企業成長に負の影響を与えた例が報告されています。人事が発するメッセージの一貫性が問われる、ということです。
ここに生成AIが入るとどうなるか。人事機能の一部がAIや機械学習で自動化されるということは、従来型の束のなかにAI支援型の人事管理が部分的に混ざることを意味します。素朴に考えれば、束の一貫性が損なわれ、負のシナジーが生じる可能性があります。本論文はこの点を定量的に確かめようとしています。
3. 2つの解釈と仮説の導出
生成AIをベースとした人事管理(GAIAHRM)には、2通りの解釈が成り立ちます。
解釈A:新しいタイプの人事制度
ハイ・コミットメント型やコントロール型と並ぶ、もう一つの束だと考える立場。AIは従業員を管理し業績を高める「新たな方法」になりうるという指摘に沿います。この場合、社内に複数の束が併存するため本来のシナジーは期待できず、生成AIは既存制度の効果を弱めることになります。
解釈B:制度を回す「運用」の束
既にある人事施策の束を効率よく機能させるために存在すると考える立場。この場合、生成AIは既存制度の正の効果をさらに強めます。本論文はこちらを採用しています。生成AIは、データと答えを投入してそこからルールを導き出す技術であり、経験や勘では気づけなかった規則性を効率化に結びつける点に本質があるという理由です。
H1
HPWSが人的資本に与える正の影響を、生成AIの活用度が強める。(HPWSのメタ分析が示す「HPWSは人的資本を高める」という知見に、生成AIによる運用面の効率化を重ねた仮説)
H2
HPWSがHR-Lineの関係性に与える正の影響を、生成AIの活用度が強める。(業務が効率化し、過去の記録に基づく配置や処遇が行われれば公平感が高まり、両者の関係が改善するという想定)
H3
生成AIの活用度は、HR-Lineの関係性に正の影響を与える。(日々の業務の拘束時間が減れば、HRBPとして意見を出したり現場に足を運ぶ時間が増えるという想定)
分析枠組み(論文 図1)
HPWS(高業績ワークシステム) → 人的資本 → HR-Lineの関係性
生成AIの活用度 = H1・H2で調整変数、H3で独立変数
4. データと変数
インターネット調査会社を通じて、2025年3月に2回の調査を実施しています。1回目(T1)は3月11日から17日、2回目(T2)は3月26日から31日。対象は25歳から59歳の会社員で、現在の企業に3年以上勤続し、人事・総務部門で働く人です。
T1で226名、T2でそのうち214名から回答を得ました(回答率94.7%)。さらに、同一企業からの重複回答を避けるため、外資系か、本社の所在地、持株会社かどうか、上場か、経団連加盟か、労働組合の有無、人事担当取締役の有無、企業規模、業種など11項目すべてが一致するサンプルを抽出し、役職の高い方を残す処理を行っています。この判定にChatGPTが用いられている点も、この論文の時代性を示しています。加えてT1からT2の間に人事異動や雇用形態の変更、勤務地変更があった回答者を除外し、最終的な分析対象は186名(回答率86.9%)となりました。
典型的な回答者像は、勤続18.8年、従業員1,000人以上の製造業に勤める人事部門の従業員です。
| 役割 | 変数 | 測定 | 記述統計 |
|---|---|---|---|
| 従属変数(T2) | HR-Lineの関係性 | Kim et al.(2018)の14項目・5点尺度。人事と事業部門のローテーション、人事の空席を事業部門から充当、協業ノウハウの共有などを問う | 平均2.44/SD 0.96/α=.97 |
| 独立変数(T1) | HPWS | Takeuchi et al.(2007)の21項目から20項目を使用。採用・報酬・育成・公正性などを含む総和平均 | 平均2.89/SD 0.94/α=.97 |
| 媒介変数(T1) | 人的資本 | 1項目。得点が低いほど汎用性の高い一般的人的資本、高いほど企業特殊的人的資本を保有 | 平均3.11/SD 1.30 |
| 調整変数(T1) | 生成AIの活用度 | 全30項目・5点尺度(1:全く利用していない/会社に制度がない〜5:全て利用している)。先行研究の項目を、生成AI活用で先進的な製造業2社の人事部長の確認を経て改訂 | 平均2.01/SD 0.99/α=.99 |
| 統制変数(T1) | 規模・業種・勤続 | 従業員1,000人以上ダミー、製造業ダミー、勤続月数 | 勤続平均225.1か月 |
人的資本の尺度は「同業他社に転職したとしたら、現在の知識やスキルはどの程度会社固有のものだと思うか」を問う形式です。経済学では企業が投資するのは自社固有のスキルだとされますが、他社でも通用する人材を輩出する評判も人材確保上は重要であるため、本論文は業界や職種に固有のスキルも人的資本に含めて扱っています。
5. 結果① 生成AIの導入実態
まず全体像です。30項目のうち3点(半分程度利用している)を超えるものは1つもありませんでした。人事業務が全面的に生成AIに置き換わっている状況は、少なくともこの調査時点では見られません。
相対的に進んでいる上位項目は次の通りです。いずれも情報の整理・評価という、データを扱う性質の業務です。
企業規模との関係は「逆U字」
規模が大きくなるほど活用度は上がりますが、最も高いのは従業員1,000人以上5,000人未満の層で、5,000人を超えると再び下がります。単調増加ではなく、山型です。論文はこれを、生成AI導入の費用対効果が1,000人以上5,000人未満で最大化するためだと解釈しています。5,000人を超える大企業では、既に構築済みのシステムを使い続ける慣性やスイッチングコストが強く働いている可能性、また人数が多いため社内人材の労働力でカバーできる可能性も指摘されています。
逆に中小企業の活用度が低いのは、必要なときにスポットで人事機能を借りるSaaS的な使い方をしており、恒久的な仕組みとして持っていないためではないかと論じられています。ただし、投入するデータが少ない場合には不正確で偏った意思決定を招き、かえって従業員の否定的な反応を引き起こすという先行研究の指摘も併記されています。
業種による違い
論文本文では、全体的な傾向として製造業のスコアが製造業以外より高いと述べられています。差が大きかったのはインターンシップ説明会の参加者管理、報酬・税金のリーガルチェックなど。製造業内で最も高かったのは適性検査結果の評価、OJT・研修の実施状況の把握、人事評価の実施の3項目でした。
6. 結果② 5年後の見通し
現在の担当業務が5年以内に生成AIへ置き換わる可能性について尋ねた結果です(複数の人事機能を兼務している回答者がいるため、延べ463件)。
| 回答 | 割合 |
|---|---|
| 一部置き換わる可能性がある | 46.2% |
| 全くない | 41.4% |
| 半分程度置き換わる可能性がある | 7.5% |
| 大半が置き換わる可能性がある | 4.3% |
| 完全に置き換わる | 0.5% |
「大半」「完全」を合わせても5%に届きません。人事部門は生成AIをさほど脅威と感じていないことがうかがえます。機能別に見ると、配置・異動は「全くない」が20.0%と最も低く、置き換わる可能性を感じている割合が相対的に高い一方、労働時間管理や賃金管理では「全くない」が4割前後を占めました。
7. 結果③ 仮説の検証
重回帰分析の結果(論文 表3の抜粋)。標準化偏回帰係数βを示します。
| 変数 | 人的資本 Model 1 |
関係性 Model 3 |
関係性 Model 4 |
|---|---|---|---|
| HPWS | −.237* | .328** | .270** |
| 生成AIの活用度 | −.035 | .261** | .319** |
| HPWS × 生成AIの活用度 | .034 | — | −.121+ |
| 人的資本 | — | −.049 | −.046 |
| 調整済みR² | .042 | .286 | .294 |
** p<.01、* p<.05、+ p<.10。統制変数(1,000人以上ダミー、製造業ダミー、勤続月数)は省略。多重共線性はいずれのモデルでもVIFが2未満で問題なしと確認されています。
H1は棄却
交互作用項は人的資本に有意な影響を与えませんでした。生成AIの活用度が高いからといって、HPWSが人的資本を高める効果が強まるわけではない、という結果です。
H2も棄却、ただし興味深い形で
Model 4の交互作用項は10%水準で負の方向に有意傾向を示しました。想定は「強める」でしたから、符号が逆です。単純傾斜分析(論文 図2)で内訳を見ると、次のようになります。
| HR-Lineの関係性スコア | AI活用度 低(−1SD) | AI活用度 高(+1SD) |
|---|---|---|
| HPWS 低(−1SD) | 1.83 | 2.67 |
| HPWS 高(+1SD) | 2.58 | 2.96 |
人事制度が弱い職場(HPWS −1SD)では、生成AIの活用が進むと関係性スコアが1.83から2.67へ、0.84ポイント上昇します。一方、制度が整っている職場(HPWS +1SD)では2.58から2.96で、上げ幅は0.38ポイントにとどまります。すでに水準が高いため、伸びる余地が小さいわけです。この非対称性が、交互作用項を負に振らせた原因です。
H3は支持
Model 3・Model 4のいずれでも、生成AIの活用度はHR-Lineの関係性に正の有意な主効果を持ちました。人事業務における生成AIの活用度が高まるほど、人事部門と現場の関係は良好になります。
仮説外の発見:HPWSは一般的人的資本を高める
Model 1でHPWSが人的資本に負の有意な影響を示しました。この尺度は得点が高いほど企業特殊的なスキルを意味するため、負の符号は「HPWSが一般的人的資本を高める」と読めます。HPWSは能力・動機づけ・機会を高める施策群で構成されるという理論に照らせば、企業特性にかかわらず人的資本を高めたという点で先行研究と整合的だと論じられています。
8. 考察 ── なぜ「味方」なのか
論文は、生成AIは新しいタイプのHPWSではなく、HPWSを補完する運用の一部だと結論づけています。根拠は2つ。有意傾向にとどまるものの交互作用効果が一部認められること、そしてHPWSが整っていない状況で生成AIの活用度が高いと関係性スコアが顕著に押し上がることです。
生成AIが関係性を高めるメカニズムとしては、業務に時間的な余裕が生まれてラインとの協業がしやすくなること、そして人事担当者が経験・勘・コツに依存する度合いが下がり、人事部門と現場のあいだのローテーションが行いやすくなることが挙げられています。
一方で、人事部門が生成AIをそれほど脅威と見ていない理由については、率直な推論が述べられています。どこかで「経験・勘・コツが大事」だと考えており、人の問題は心の問題だから対面で理解し合えるものだ、という感覚が残っているのかもしれない。つまり「対岸の火事」として眺めている可能性があるという指摘です。
導入を止めている2つの欠如
企業の人事部長やHRテック導入を啓蒙する団体関係者は、この停滞の理由を2つの「欠如」として説明します。
発想力の欠如
生成AIの利便性は理解している。しかし、それを人事業務のどこにどう活かせばよいのかが分からない状態。
推進力の欠如
生成AIを人事管理に活かすための旗振り役、たとえば元システムエンジニアのような人材が部門内に不在で、生成AIやHRテックが広まらない状態。
9. 実務への示唆と今後の課題
論文はマーケティング部門への実践的示唆として、「発想力の欠如」と「推進力の欠如」に対応する取り組みを人事部門に訴求することを挙げています。製品の機能を語るより、使いどころの設計と社内の推進体制づくりを一緒に提示するほうが届く、という含意です。
理論的な貢献
第1に、生成AIがHPWSとどのような関係にあるかを示した点。交互作用項は10%水準の有意傾向にとどまりますが、一定の条件下で補完関係にあることが明らかになりました。
第2に、生成AIが成果変数に与える影響を検討した点。契約書の確認や労働時間管理といった定型業務、配置・処遇の原案づくりのような時間のかかる業務に費やす時間を減らし、HRBPとして現場や経営層を支援する時間を確保する。その狙いが、HR-Lineの関係性の改善という形で確認されました。
第3に、調査項目そのものの発展。ChatGPT登場以前に作られた先行研究の項目を、先進企業の人事部長2名の確認を経て30項目に更新しました。
今後の展開と限界
論文は、まったく別の研究テーマも示唆しています。既存の人事管理が生成AIに置き換わっていくプロセスそのものの研究です。効率化が目的なら運用の話にとどまりますが、最終的な意思決定は人が行うとしても立案まで生成AIが担うようになると、ある時点で既存のHPWSに生成AIが混在し、一時的にシナジーが発揮されにくくなる。さらに時間が進めば、生成AIがHPWSの亜種として変化していく。その過程で人事制度がどう変わり、関わるプレイヤーの役割がどう動くのか。生成AIの受容を従属変数とする組織変革研究もありうる、という展望です。
限界として著者自身が挙げているのは2点。サンプル数の少なさ(大規模サンプルでの追試が必要)と、生成AI活用度の粒度(30項目を1変数にまとめているため、どの取り組みが成果に効くのかは個別項目の分析を待つ必要がある)です。
用語集
本論文を読むうえで押さえておきたい用語を分野別に整理しました。
分析枠組みの中心概念
- HPWS(高業績ワークシステム)
- 高い組織業績を生み出す人事施策の組み合わせ。本論文ではTakeuchi et al.(2007)の20項目(採用・報酬・育成・公正性など)の平均値で測定。
- 能力増強型/成果強制型HPWS
- HPWSが成果に至る2つの経路。前者は従業員のAMO(能力・動機づけ・機会)を高めて成果につなげる型で、本論文はこちらを採用。
- AMO理論
- 組織成果はAbility(能力)・Motivation(動機づけ)・Opportunity(機会)の3要素を高める施策群によって実現されるという枠組み。
- 人事施策の束(HR Bundle)
- 個別の施策ではなく、企業に導入されている人事施策のまとまりとして捉える考え方。Huselid(1995)以降のSHRM研究の主流。
- 水平適合(Horizontal fit)
- 複数の人事施策どうしが整合し、シナジーを生む状態。本論文の焦点。
- 垂直適合(Vertical fit)
- 人事施策が特定の経営戦略や組織構造と適合する状態。Porterの一般戦略やMiles and Snowの戦略類型に対応する研究群。本論文では扱いません。
- コントロール型/ハイ・コミットメント型HRM
- Walton(1985)の類型。X理論的人間観に基づく管理型と、Y理論に基づく高関与型。Su et al.(2018)は両者のハイブリッド型が財務成果で優れることを示しました。
- HR-Lineの関係性
- 人事部門と現場(ライン)が規範を共有し、互いの知識を理解している程度を示す概念。Kim et al.(2018)の14項目で測定した本論文の従属変数。最終的に離職率の低減につながる先行要因とされます。
生成AI関連
- 生成AI(Generative AI)
- 膨大なデータをもとにテキスト・画像・音声・合成データなど新しいコンテンツを生成することに特化したAIのサブセット。人事の文脈では職務記述書作成、履歴書スクリーニング、従業員コミュニケーション、研修資料作成などの自動化・支援を指します。
- GAIAHRM(生成AI支援型HRM)
- 生成AIを組み込んだ人的資源管理。これが「新しいタイプのHPWS」なのか、既存HPWSを機能させる「運用」の一部なのかが本論文の中心的論点。結論は後者です。
- ピープルアナリティクス(PA)
- 組織の複数領域から集めたデジタルデータを用い、アルゴリズムでパターンを分析して意思決定者に情報を提供する技術。生成AIとは区別される類似概念です。
- 生成AIの活用度
- 本論文の調整変数。先行研究の項目をベースに、先進的な製造業2社の人事部長の確認を経て改訂した全30項目・5点尺度の平均値(平均2.01)。
- 技術受容モデル(TAM)
- 新技術の受容過程を説明するモデル。先行研究が識別・予測・実行の3機能を測定する際に用いた枠組み。
- 発想力の欠如/推進力の欠如
- 実務家が指摘する生成AI活用の停滞要因。前者は利便性は理解しても人事業務への活かし方が分からないこと、後者は旗振り役となる人材の不在。
人的資本・人事実務
- 人事の3K(経験・勘・コツ)
- 人事業務が属人的な知識に依存していることを象徴する言い方。学術的には企業特殊的人的資本の比重が高い仕事とされます。
- 企業特殊的人的資本(firm specific skills)
- その企業でのみ通用する知識・スキル。本論文の人的資本尺度は、得点が高いほどこの性格が強くなります。
- 一般的人的資本
- 転職先でもそのまま使える汎用性の高い知識・スキル。尺度得点が低いほどこちらが強くなります。
- 戦略人事
- 人事部門が経営に寄与する役割。定型業務の自動化により、人事担当者が創造的・戦略的な業務に時間を割けるようになることが期待されています。
- 人的資本経営
- 企業の人的資本の価値を高める経営。経済産業省は比較可能な指標に加え、自社の競争優位を示す独自指標の開示も求めています。
- HRBP(HR Business Partner)
- 現場に寄り添い、人事の観点から意見提案や支援を行う役割。生成AIによる業務時間の削減が、この役割への時間配分を可能にすると想定されます。
- 管理のエキスパート/従業員のチャンピオン
- Ulrich(1996/1997)による人事部門の役割類型。生成AIの進展でこれらの比重が下がり、戦略的役割の比重が上がると予想されています。
- 成果主義の補完的施策
- 成果給単独では従業員のモラール向上効果が限定的であり、苦情処理・考課者訓練・目標管理制度など手続的公正性を担保する施策と同時に導入されて機能するという議論。日本における水平適合の論点に相当します。
統計・調査方法
- 2時点調査(two-wave survey)
- T1(2025年3月11〜17日)とT2(同3月26〜31日)の2回に分けた調査。同一企業所属者の重複除去などを経て、最終分析対象は186名。
- 媒介変数/調整変数
- 本論文では人的資本が媒介変数、生成AIの活用度が調整変数(モデレータ)。
- 交互作用項・調整効果
- 2変数の積として投入し、第三の変数が独立変数と従属変数の関係の強さを変える効果を検証する項。本論文では「HPWS × AI活用度」が該当します。
- 単純傾斜分析(simple slope analysis)
- 調整変数の高群・低群(±1SD)に分けて傾きを比較する手法。図2で用いられ、AI活用度が低い群でHPWSの効果が顕著だったことを示します。
- 確証的因子分析
- 既定の因子構造の妥当性を検証する手法。HR-Line関係性の14項目が1因子にまとまることの確認に使われています。
- α(クロンバックのα)
- 尺度の内的整合性を示す信頼性係数。本論文ではHR-Line .97、HPWS .97、AI活用度 .99。
- β・R²・調整済みR²・F値
- 重回帰分析の出力。βは影響の強さと方向、R²は説明力、F値はモデル全体の有意性を示します。
- 有意水準の表記と「有意傾向」
- ** p<.01、* p<.05、+ p<.10。10%水準でのみ有意な状態を「有意傾向」と呼び、HPWS × AI活用度(β=−.121)がこれに該当します。
- 多重共線性・VIF
- 独立変数間の強い相関が推定を不安定にする問題とその指標。本論文では全モデルでVIFが2未満と報告されています。
- リストワイズ削除
- 1つでも欠損がある回答者を分析から除外する処理。表1のNが186より少ない理由です。
調査項目に登場する実務用語
- エントリーシート/適性検査
- 採用選考の書類とテスト。生成AI活用度の設問項目に含まれます。
- エンゲージメントサーベイ
- 従業員の仕事や組織への関与度を測る調査(満足度調査)。集計・分析への活用が問われています。
- リーガルチェック
- 報酬・税金、就労時間・休暇管理、出向契約・派遣契約文書などの法令適合性の確認。
- SaaS(Software as a Service)
- 必要なときに機能を借りる提供形態。中小企業の活用度が低い理由の説明として言及されています。
- スイッチングコスト
- 既存システムから乗り換える際に生じる費用や負担。5,000人超の大企業で活用度が下がる理由の一つとして示唆されています。
著者紹介
西村 孝史(にしむら たかし)
東洋大学 経営学部 教授/博士(商学、一橋大学)/専門:人的資源管理論
株式会社日立製作所にて人事業務に従事した後、2005年に同社を退職し大学院へ進学。2008年、一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。徳島大学、東京理科大学、東京都立大学を経て、2025年より現職。
主な著書に『職場のソーシャル・キャピタル:人的資源管理が創り出す個と組織の関係性』(中央経済社、2024年)。実務経験を踏まえた定量研究を数多く手がけています。
論文の入手
本論文はCC BY-NC-ND 4.0で公開されており、J-STAGEから全文(PDF)をご覧いただけます。図表を含む正確な内容は必ず原典でご確認ください。
西村孝史(2025)「人事部門にとって生成AIは敵か味方か」『マーケティングジャーナル』45巻4号、301–311頁。DOI: 10.7222/marketing.2025.046
根拠データの利活用を希望する場合は、用途の詳細を明記のうえ著者へ直接お問い合わせください(論文のData Availability欄に記載)。
本ページについて
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