日本語がわからない状態で来日する学生や教員の助けに
『Lesson For Useful Expression in Japanese- シリーズ1・2』
国際大学は、1982年に設立された日本初の大学院大学です。全寮制を導入し、授業はすべて英語で行われています。自然豊かな新潟県南魚沼の地に、約70か国から集まった学生と教員が、多文化的・多民族的環境を形成し、勉学と研究に励んでいます。
今回、日本語がわからずに来日する学生や教員のために、この動画シリーズを開発したという倉品先生に、その開発の背景について聞きました。
新生活に役立つフレーズや表現が学べる自習用教材を
まず、この「Lesson For Useful Expression in Japanese 」シリーズを開発することになったきっかけを教えてください。
倉品きっかけは、本学がSGUと言われるスーパーグローバル大学創生支援事業1) に採択されたことが大きいのですが、以前から、本学の学生のために、来日前に日本語を学べる自習用教材を提供したいと考えていました。というのは、本学はほぼ完全に英語が公用語となっておりまして、日本語がわからない状態で来日する学生も多いものですから、国から空港に着いて本学に来るまでに、あの、キャンパスが都内ではないので、国内の移動で困難を感じる学生もいると聞いて、それで作りたいと思いました。
1) SGU(Super Global University):2014年から2023年にかけて、文部科学省によって日本国内の高等教育の国際競争力向上とグローバル人材育成を目的として行われた事業、全国から国・公・私立の大学37校が採択された
実は、今日こちらに来るときに本当に動画と同じ風景があって、よく考えて作られているのだと感心しました。
倉品そうですか、良かったです(笑)。特に、シリーズ1はゼロビギナーの学習者を想定しています。先ほどもお話ししたように、日本語がわからない状態で入学、入国する留学生、あとは教員もおりますので、新生活で役立つフレーズや表現を来日前、あるいは来てからすぐに勉強できるようにしようというのが狙いでした。



出演者の意見を反映し、せりふはできるだけ自然な日本語に
シリーズ1と2について、それぞれ構想から完成までの期間を教えてください。
倉品シリーズ1の制作期間は1年弱です。2015年の1月に話が出て、本学は入学が10月になるので、公開は9月を目標に進めました。撮影と編集は、映像制作会社のVECKSさんにお願いしました。シリーズ2は少し間があいて、もうSGUも終盤の時期でしたが、シリーズ1が好評で2を望む声があり、2022年の夏に制作が決まりました。2024年の3月公開を目標としたので、制作期間は1年半ほどです。
「Lesson For Useful Expression in Japanese Series」の特徴を教えてください。
倉品特徴としては、1話完結で気軽に視聴できるようにしたこと、そして、次も見たいと思ってもらえるようにシリーズ全体の10話で、1人の主人公を中心に話が進んでいくというようにしたことです。場面も、シリーズ1は生活場面を中心にしました。制作メンバーの1人である同僚の教員が、初級の学生が遭遇した問題を調査していて、そこで報告の多かった「交通手段の利用」や「買い物」「飲食店」などを選びました。また、日本文化や習慣に関するものも入れようと考えました。
シリーズ2は、シリーズ1が本当にサバイバルジャパニーズ的なものだったので、日本語を少し知っている学生を対象としました。そして、学生生活を中心に、国際大学への入学から卒業という全体の流れを想定して、各場面を選びました。
開発の際、最も重視した点や、また苦労されたことがあれば、教えてください。
倉品重視した点は、どんな場面を入れるか、どの表現を選ぶかというところですね。そこがまた苦労でもありました。シリーズ2に関しては「(日本人の)お宅を訪問する」とか「就職活動」などは入れるつもりでしたが、その他にも、子どもと一緒に住む学生もいるので、幼稚園や小学校で遭遇する場面も必要かと考えましたが、そこまで広げすぎると難しいかと悩んだ末に、今のものになりました。
また、ゼロビギナーを対象にしているので、主人公が使う日本語は、比較的覚えやすい簡単なフレーズにしました。ただし、周りの日本人出演者のせりふについては、できるだけ自然な日本語にしています。
撮影中に、お店の方から「このせりふは言い慣れていないから言いにくい」という意見が出たときは、「では、もちろん普段言っている言い方でお願いします」という形でやっていただいたり、シリーズ1の薬局の場面も、お店の方から「ワンポイントアドバイスをぜひ入れてほしい」という意見があったりしたので、そちらを採用しました。そのあたりは苦労というか、興味深かったというか、せりふや内容を変えるのは大変でしたが、やって良かったと思いました。
出演者は全員プロの俳優ではないと聞きましたが、自然な演技が印象的でした。
倉品そうですね、主人公は、日本語がある程度できる学生の中から「やりたい」と言った学生にお願いしました。協力してくれた学生たち、お店の方、病院の方、全員本物、本物というか(笑)、地域の方たちですね。演技指導は全くしていなくて、もちろん、主人公役の学生には、事前にモデル音声の録音を渡したり、ギリギリまで練習してもらったりしましたが、制作会社の監督さんには「学ぶための動画だから、演技というよりは、はっきりと言葉と内容が伝わるように心がけましょう」と言っていただいて、それを全員で心がけていた感じです。

主人公のグエンさん、道案内役の男性は地域のボランティア


主人公のエリフさん、友人役の学生は実際の友人

最終話では親しくなった人たちへのお別れのあいさつを学ぶ
学生の反応は上々、ベトナムの日本語教師研修では「面白いし、わかりやすい」
言語教育研究センターの授業ではどのように活用していますか。
倉品シリーズ1は現在2つのコースで使っています。1つは入学前、日本に着いてすぐの日本語集中コースです。もう1つは、本学の言語教育研究センターの中のコースです。本学は3学期制で、1学期目は日本語授業が履修できなかったけれど、やっぱり日本語を勉強したい、日本語を知っておくことが大切だと思った学生のために、2学期目に「Japanese for Zero Beginners」というコースを提供していて、そこで使っています。
シリーズ2は、まだ完成して日が浅いので、これからどのように使用していくか、私たちも模索中というか検討中です。
学生からはどのような反応がありますか。
倉品やはり、知っているお店や場所が出てくるので、「あー、なんか、知ってる!」という感じで、学生も入り込みやすいというか、自分が使う状況がイメージしやすいのかなと思っています。授業の中では「これ、知りたかった!」と積極的に練習している様子が見られるので、役に立っているようですね。
海外の日本語教師の方にも好評だったと聞きました。
倉品はい、シリーズ1の公開前に、ベトナムで日本語教師研修をする機会があり、そこでコメントをいただきました。「面白いし、わかりやすい」という全体的な感想以外にも、「短い会話だから覚えやすい」「後半の練習部分があるのがいい」「日本語がまだわからない人にはいいんじゃないか」というようなご意見もいただいて、こう、狙い通りだったということもあって良かったですね。また、海外では「日本の生活」というようなコースもあるとのことで、そこで、日本文化・事情的なところを見せたりしたいとか、そういう細かい部分へのご意見もあったりしました。
実際にこの動画教材を使用して指導を行う日本語教師の方へのアドバイスをお願いします。
倉品アドバイスというほどのものではありませんが、最初は自習を念頭に置いて作っていたものですが、私たちも教室で使うことが増えてきたので、ぜひ先生方にも現場に合わせた形で活用していただければうれしいです。
先ほども申し上げたように、この教材の日本人出演者の日本語は、学習者向けに調整していません。初級以上の文型や語彙も含まれています。これは以前の試みですが、レベル差のあるクラスにおいて、この教材を使用した授業を行ったことがあります。そこで、レベル別に用意したディクテーションのプリントを使ったところ、異なるレベルの学生からも何かしら新しいもの学んだという反応が得られて、そのような授業での活用の可能性もあることがわかりました。
スクリプトもPDF版とWord版を用意して、日本語の文字が読めない人もいるだろうという想定で、「漢字かな交じりふりがな付き版2) 」と「ローマ字版3) 」の2種類で提供しています。ただ、このローマ字版で私たちは「ありがとう」を「arigatoo」のように、発音に近い形で示す方針にしています。そこは教える教育機関によって「arigatou」のほうがいいのであれば、自由に変えていただければと思います。
また、シリーズ1に関しては、制作が10年前で内容が古くなっておりますので、例えば、コンビニの袋は無料の時代だったんですけど、今は有料になっているとか、箸も、箸はまだ無料でしょうか(笑)。そういった点が気になる場合は、適宜クラスの中でアップデートをしていただきたいです。
2) 漢字とひらがな、カタカナを使って書き、漢字にふりがなをつけたスタイル
3) ローマ字を使って日本語を書くスタイル、たとえば「すみません」は「Sumimasen」となる
おすすめは、「にほんごオーバーラッピング」と「日本語スピーチトレーニングシステム」
JV-Campusにある日本語教育コンテンツで、おすすめのものがあれば教えてください。
倉品前回の日本語教師インタビューを拝見して、波多野先生の「にほんごオーバーラッピング」と「日本語スピーチトレーニングシステム」が、非常にいいと感じました。
実は私たちも「がんばってシャドーイング」というアプリを10年ほど前に開発していまして、同じようにピッチ・音声カーブが出せるので、「あら、ライバルじゃない?」と思ったりもして(笑)。私たちも評価のスコアを出してほしいと言われたのですが、そこは難しかった部分で、それがウェブ上でできるのはいいですね。
本学のアプリは会話や独話などを練習できる素材が多いので、こちらも試してみてくださるとうれしいです。素材を使い果たしてしまって新しい音源で練習したいという時には、自分で素材が上げられる波多野先生の「にほんごオーバーラッピング」を使っていただくといいと思います。
日本語学習は長い道のり、アプリやツールを活用して勉強を続けてもらいたい
最後に日本への留学、就職を目指す日本語学習者にメッセージをお願いします。
倉品日本語学習は、最初は興味を持って始める方は多いのですが、その後はなかなか長い道のりで挫折してしまうこともあるかもしれません。ただ、今はいろいろなコンテンツ、アプリ、ツールがある時代です。本学でもシャドーイングアプリのほかに、「がんばってかな」という文字学習アプリも開発しています。それらを積極的に活用して、勉強を続けてもらいたいなと思います。
倉品さやか先生、インタビューへのご協力ありがとうございました。