高度外国人材の子どもたちが安心して日本で学べる環境を
『にほんごのがくしゅう(JLPT N5 level)-関西国際大学-』
伊藤 創(いとう はじめ)先生
関西国際大学 グローバル学科 教授
日本語オンデマンド教材開発PJリーダー
大阪大学大学院博士課程修了。専門は日本語学、認知言語学、日英語対照研究。日本語オンデマンド教材開発プロジェクトリーダーとして、日本語教材の開発に携わる。
「日本で暮らす日本語学習者は、普段から常に日本語に接していて、話すことや聞くことには慣れています。その一方で、読み書きや、特定の語彙や表現の自然な使い方は、基礎的なものであっても理解が不十分なケースが少なくありません。そのギャップをどう埋めるかが常に課題です。」そう語るのは、関西国際大学の伊藤創先生。「にほんごのがくしゅう(JLPT N5 level)-関西国際大学-」の制作過程でこだわった点や、学習者に届けたい想いについてお話を伺いました。
多様な背景を持つ子どもたちに寄り添う
まず、この「にほんごのがくしゅう(JLPT N5 level)-関西国際大学-」の開発に携わることになったきっかけを教えてください。
伊藤「にほんごのがくしゅう(JLPT N5 level)-関西国際大学-」は、日本での日常生活で使う言葉をやさしい日本語で学べるコンテンツです。令和6年度の文部科学省の「高度外国人材子弟の教育環境整備に係る調査研究事業1) 」に関西国際大学が採択されたことをきっかけに、開発に携わりました。この事業の目的は、世界を拠点に活躍することが期待される高度外国人材の方々に、日本を一つの居住地やビジネスの場所として選んでもらうために、そのお子さんたちが安心して学べる環境を作ることです。この事業では、関西国際大学が中心となり、神戸市などとも連携しながら地域交流やオンデマンド教材の作成を行っています。私はその中で、日本語教材作成部門のプロジェクトリーダーを務めることになりました。プロジェクト全体の統括(構成と監修)を担当しています。
1) 高度外国人材子弟の教育環境整備に係る調査研究事業:2024年度から2026年度にかけて、文部科学省によって高度外国人材の子弟に魅力的な教育環境を整備することを目的として行われている事業、全国から大学・学校法人の計3団体が採択された
このコンテンツの主な利用者は、どのような方々を想定されていますか。
伊藤想定しているのは、主に日本に住んでいる小学生から高校生です。彼らの背景は非常に多様で、数年単位で国を移動する家庭で、海外生活では、英語をコミュニケーションの軸としている子どもたちもいれば、生活の中で日本語の音には慣れ親しんではいるが文字は書けないという子もいます。本教材は「すでに日本に住み、学校生活などで日本語に触れていること」を前提としています。ナレーションは日常的な話し方をしています。なんとなく耳にしていた言葉を、体系的に「こういう場面で使うのか」と整理し直せるような内容を目指しています。
リアルな日本語とJLPT対策との両立
「にほんごのがくしゅう(JLPT N5 level)-関西国際大学-」の特徴を教えてください。
伊藤最も重視したのは、実際の生活場面に即した表現を自然に、かつやさしく学べるようにすることです。文法を学ぶための例文ではなく、自己紹介や買い物、バスの乗り方など、日常生活で出会うシーンの表現を大切にしました。また、教材作成やスライド制作は学内の教員や非常勤講師、さらには大学院生や留学生も交えたチームで行いました。全体的には一定の統一感を持たせていますが、各教材には担当した先生方の「色」や「工夫」が反映されています。
開発の際、最も重視した点や、また苦労されたことがあれば、教えてください。
伊藤苦労したのは、こうした「生活密着型」の内容と、客観的な評価指標である「JLPT(日本語能力試験)2) 」との整合性を取ることでした。子どもたちが将来、進学の際などに自分の力を証明するためには、JLPTの級が指標となることが多いからです。そのため、学習内容は自然な対話を軸にしつつ、確認テストはJLPTの形式に準拠させるなど、実用性と検定対策の両立を図りました。
2) JLPT(日本語能力試験):日本語を母語としない人の日本語能力を測定し認定する試験として、国際交流基金と日本国際教育協会(現日本国際教育支援協会)が1984年に開始
今後のコンテンツの展開について教えてください。
伊藤現在公開しているのはN5レベルですが、2026年度末までにN2レベルまでの教材を段階的に完成させる予定です。また、日本語学習だけでなく、日本文化を相対的に学べたり考えたりできる講座も準備しています。その講座では、単なる知識の紹介にとどまらず、例えば「日本人は時間を守ると言われるが、実際はどうなのか?」といったトピックについて先生が講義をして、日本人の学生が意見を交わすといった構成にしています。日本語で聞くには、N2〜N1程度の日本語力が必要になると思いますが、英語字幕も付ける予定で、日本社会を相対的に捉え、自ら考えるきっかけになるような内容にしています。
おすすめは、甲南大学の「いろいろな日本語 全8回」
JV-Campusにある日本語教育コンテンツで、おすすめのものがあれば教えてください。
伊藤甲南大学の「いろいろな日本語全8回」は、関西弁などの方言や若者言葉なども柔らかい言葉で分かりやすく伝えていて、面白いなぁと思いました。おじいさんの言葉遣いやキャラ語のような「役割語」や、場面ごとの言葉の使い分けは、学校では授業の合間の雑談程度でしか触れる機会がないですが、これらについて学びたいと思う学習者は少なくありません。私自身「こういう多様な日本語の面白さをもっと知ってほしい」と思っていましたが、世の中にはそういったことが学べるコンテンツがとても少ないので、すごく良いなと思いました。
日本語教師は「学習者の意欲を引き出し、共に歩む存在」へ
最後に、日本語教師を目指す方へ向けてメッセージをお願いします。
伊藤生成AIの進化により、言語学習の形は大きく変わろうとしています。単に文法や語彙を解説するだけの役割は、オンデマンド教材やAIが代替していくでしょう。これからの日本語教師に求められるのは、「日本語+αの専門性」を持つこと、そして対面でのコミュニケーションの喜びを伝え、学習者の意欲を引き出す役割だと思っています。AIで効率的に意思疎通ができる時代だからこそ、「自分の言葉で相手と心を通わせることは、こんなにも価値があり、楽しいことなんだ」という実感を学習者に与えられるかどうか。学習者が自発的に「日本語を学びたい」と思えるような、前向きな動機付けができる存在こそが、これからの時代に求められる日本語教師の姿ではないでしょうか。
伊藤創先生、インタビューへのご協力ありがとうございました。




